琵琶湖と芭蕉

 堅田の琵琶湖畔に立つ満月寺浮御堂と「比良三上雪指しわたせ鷺の橋」の芭蕉句碑

 近江は,奥の細道の旅を終え,晩年を迎えた芭蕉がこよなく愛した土地である。奥の細道で松島,象潟を中国の洞庭湖,西湖に比べているあたりからして,水面のある景色が芭蕉をとらえたのだろう。この碑の句は元禄三年の冬の作で前詞として「湖水の眺望」とあるそうだ。近江八景があるように,さまざまな八景が海か湖で作られるのは水面が風光をつくるということだろう。
 この境内には芭蕉の「鎖あけて月さし入れよ浮御堂」の他たくさんの文人歌人の碑があり,白い砂利と枝振りのいい松が美しい。
 あいにくの曇り空だが,琵琶湖対岸に見える三上山別名近江富士

 湖を隔てて相対している比良山の雪を三上山まで白鷺の広げた翼の橋でさしわたしてほしいと想像したのだろう。

 だが,すぐ脇に琵琶湖大橋が見えてしまうのは皮肉じゃないだろうか。


彦根から近江八幡
 彦根市の明照寺にある笠塚

 芭蕉塚にはいろいろな種類がある。明照寺第十四世住職で蕉門の李由が芭蕉の渋笠をもらい受けて立てたという。元禄十三年(芭蕉七回忌)以前の建立という。ひび割れたのを修復したあとがある。
 明照寺は大きな境内と山門,本堂を構えた寺で,中世には信長に対抗する真宗教団の勢力を持つ寺院として栄えたというが,今や住宅地に埋もれてしまっている。観光に向かない歴史というのは埋もれていくものでしかないようである。
 彦根市原八幡宮にある昼寝塚の裏
 「ひるかほに晝ねせうも床の山」とあるそうだ(かなり摩滅していて読むのは難しい)。
 上の明照寺の李由を訪ねる時に作った句であるが,昼寝塚とした人は誰なのか建立時期ともに不明である。床の山は枕草子や古今集にも出てくる歌枕なのだそうだが,どの山なのか諸説あるらしい。郷土史研究などを始めると謎が謎を呼んで大変だろうと思う。
 
 
 近江八幡市小船木町願成就寺にある芭蕉翁百回忌に立てられた
 「一聲の 江に横たふや ほとときす」の句碑。どう見ても,墓か供養塔に見える。このお寺には200回忌と300回忌にも芭蕉句碑が建てられている。目立った観光スポットではなく市内の西はずれにある小高い山(日牟礼山)のうえにある。
 芭蕉を偲んで句碑を建立する人々が,ひっそりとだが絶えることなく生きていることを感じた。
 
 願成就寺の芭蕉300回忌の句碑
 「五月雨に 鳰の浮き巣を 見にゆかん」
 
 この句碑は芭蕉塚蒐には載っていない。父に報告したい気持ちで,ちょっと感傷にひたってしまった(2002年8月22日)。


参考文献
 滋賀県高等学校歴史散歩研究会(1974):滋賀県の歴史散歩,山川出版社.
 田中昭三(1993):芭蕉塚蒐X,近代文藝社.
 乾憲雄(1994):淡海の芭蕉句碑上下,サンライズ印刷出版部.

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