26‐01‐0351
F 26001
ほ と ゝ き す な く や 五 尺 の あ や め く さ はせを
C 京都市北区等持院中町 北山安二郎氏宅
C 26002
芭 蕉 翁
春立や新年ふるき米五升
陰 吉備笠岡社中都鄙鄙中
@ 明和七年(一七七〇)推定
A 五升庵蝶夢建立
C 京都市上京区寺町通り今出川上ル四丁目 浄土宗鎮西派蓮台山阿弥陀寺
D この寺には蝶夢の墓もある 蝶夢=前出P.0025
F 26003
半 日 は 神 を 友 に や と し 忘 れ
はせを
陰 慶應紀元乙丑歳秋九月
台石 一瓢和出雲路社花弟舎從
@ 慶応元年(一八六五)九月
C 京都市上京区上霊前通烏丸通東入ル 上御霊神社
A 26004
芭 蕉 翁
陰 元祿七甲戌十月十二日
C 京都市上京区七本松通出水通 浄土宗五却院墓地
F 26005
い さ ゝ ら は 雪 見 に こ ろ ふ 處 ま て
C 京都市左京区岩倉上蔵町 天台宗寺門派紫雲山大雲寺(岩倉観音)不二房跡
F 26006
う き 我 を さ ひ し か ら せ よ か ん こ 鳥 はせを翁
陰 四世落柿舎〓中建之
@ 文政五年(一八二二)
A 落柿舎四世吾同〓中建立
C 京都市左京区一乗寺才形町 臨済宗南禅寺派佛日山金福寺
26‐02‐0352
F 26007
古 池 や 蛙 飛 込 む 水 の 音 はせを
陰 元祿七年十月十二日
C 京都市左京区永観堂町 浄土宗西山禅林寺派総本山
聖衆来迎山無量寿院禅林寺(永観堂)
A 26008
我か師伊賀の國に生れて承應の比より藤堂の家につかふその先は桃地の黨とかやその氏は松尾なりけり
今また四十の老をまたす武陵の深川に世を遁れて世に芭蕉庵の翁とは人のもてはやしたる名なるへし
道はつとめて今日の變化をしり俳諧に遊ひて行脚の便を求むといふへしされは松嶋は明ほのゝ花に笑ひ
象潟のゆふへの雨に泣とこそ富士よし野の名に對して吾は一字の作なしとは古をはゝかり今をゝしふる
の
辭にて漂泊すてに廿とせの秋暮て難波の浦に世をすみはてにけむ其比は〓無月の中の二日なりけり
さるを湖水のほとりにその魂をとゝめてかの木曾寺の苔の下に千〓の名は朽さらまし東華坊こゝに此碑
を造る事は頓阿西行に法縁を結ひて道に七字の心を傳ふへきとなり
其 銘
あつさ弓武さしの國の名にしあふ世に墨染の先にたつ人にあらすにありし世の
言葉はみな聲ありてその玉川のみなかみの水のこゝろそ汲てしる六すし五すし
たてよこに流れてすゑは不か川や此世を露のをきてねてその蔭たのむその葉たに
いつ秋風のやふりけむその名はかりにとさしをきぬ春をかゝみの人も見ぬ身を難波津
の花とさく花の鐘に寢り覺めぬる
陰 維石不言 謎文以傳
@ 宝永七年(一七一〇)三月十二日十七回忌
A 各務支考建立
C 京都市東山区鷲尾町 天台宗金玉山雙林寺境外芭蕉堂
D 碑陰の読み=これいしものいはずめいぶんもってつたふ
F 26009
柴 の 戸 の 月 や そ の ま ゝ 阿 彌 陀 房
C 京都市東山区鷲尾町 天台宗金玉山雙林寺境外芭蕉堂
F 26010
ふ る 池 や 蛙 と ひ こ む 水 の 音 はせを
@ 明治二十六年(一八九三)十一月十九日二百回忌
A 不識庵聽秋建立
B 真蹟拡大
C 京都市東山区本町十五丁目 臨済宗東福寺派本山恵日山東福寺
D 聽秋=前出P.0029
C 26011
蕉 翁 塚
我衣にふしみの桃のしつくせよ
陰 文化〓在乙丑初冬
@ 文化二年(一八〇五)建立 明治十二年(一八七九)改修
B 刑部卿貞直筆
26‐03‐0353
C 京都市伏見区下油掛町 浄土宗知恩院派油懸山地蔵院西岸寺(油懸地蔵)
J 26012
梅 か 香 に の つ と 日 の 出 る 山 路 哉 翁
應 々 と い へ と 敲 く や 雪 の 門 去來
陰 明治二十六巳とし十一月蕉翁のふた百とせの御遠
忌を營み報〓のため各有志を得て爰に之を建つ
ゆるしめせふつゝかなれは丸頭巾 發起主落柿舎栢年
@ 明治二十六年(一八九三)十一月二百回忌
A 落柿舎八世山鹿栢年建立
B 落柿舎八世山鹿栢年筆
C 京都市伏見区御香宮門前町 御香宮神社末社天満宮
F 26013
☆存疑
花 の 山 二 町 登 れ は 大 悲 閣 はせを
陰 明治十一年三月信天翁
@ 明治十一年(一八七八)三月
A 角倉関岳建立
B 山中信天筆
C 京都市西京区中尾下町 黄檗宗千光寺(大悲閣)登り口
F 26014
六 月 や 峰 に 雲 お く あ ら し 山 はせを翁
@ 大正五年(一九一六)
A 枯魚堂五世山口嵐更建立
C 京都市西京区中尾下町 黄檗宗千光寺(大悲閣)参道中腹
F 26015
清 瀧 や 波 に 散 り 込 む 〓 松 葉 芭蕉
@ 昭和四十六年(一九七一)八月十二日除幕
A 福田真久落柿舎保存会建立
B 工藤芝蘭子筆
C 京都市右京区嵯峨鳥居本亀屋町 落合橋畔
F 26016
名 月 や 池 を め く り て 夜 も す か ら はせを
左 広沢の池
陰 本大山大覺寺 西五丁
右 大正十三年三宅安兵衛依遺志建之
@ 大正十三年(一九二四)
A 三宅安兵衛の遺志により建立
C 京都市右京区嵯峨広沢町 広沢池畔
26‐04‐0354
D 西向「広沢の池」が正面か
F 26017
五 月 雨 や 色 紙 へ ぎ た る 壁 の 跡 芭蕉
@ 昭和三十七年(一九六二)秋
B 飯野哲二筆
C 京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町 落柿舎
J 26018
ほ と ゝ き す 大 竹 や ふ を も る 月 夜 芭蕉翁
柿 ぬ し や こ す ゑ は ち か き あ ら し 山 去來叟
陰 安政三年丙辰仲春落柿舎丈翠
@ 安政三年(一八五六)二月
A 落柿舎丈翠建立
B 落柿舎丈翠筆
C 京都市右京区嵯峨朝日町 車折神社
F 26019
梅 白 し き の ふ や 鶴 を 盗 ま れ し 桃〓
陰 貞享二年秋風別邸乃吟
昭和五十一年文化の日枯魚堂九世小川峰秋建之
@ 昭和五十一年(一九七六)十一月三日
A 枯魚堂九世小川峰秋建立
B 真蹟
C 京都市右京区鳴瀧蓮池町 御室川(鳴瀧川)左岸
F 26020
や ま ふ き や 宇 治 の 焙 爐 の 匂 ふ と き 芭蕉
C 宇治市菟道滋賀谷 本山修験宗明星山三室戸寺
F 26021
木 か く れ て 茶 摘 も 聞 く や ほ と ゝ き す
C 宇治市宇治東内宇治橋東詰 真言律宗雨宝山放生院常光寺(橋寺放生院)
F 26022
山 吹 や 宇 治 の 焙 爐 の 匂 ふ 頃
C 宇治市五ヶ庄三番割 黄檗宗総本山黄檗山万福寺
F 26023
け ふ は か り 人 も 年 よ れ 初 し く れ
陰 明治二十六年拾月十二日
爲貮百年祭祀建之宮津俳士
26‐05‐0355
@ 明治二十六年(一八九三)十月十二日二百回忌
A 時雨庵今林醉堂建立
C 宮津市字宮町 高野山真言宗巌松山如願寺
D 明治三十三年(一九〇〇)芭蕉堂建立 芭蕉木像と「髪にさす〓もすゝし御
輿かき はせを」の真蹟?所蔵
F 26024
春 も や ゝ け し き と ゝ の ふ 月 と 梅
貴族院議員從四位男爵藤原言長書
@ 明治三十三(一九〇〇)年一月三日
B 藤原言長筆
C 宮津市字宮町 高野山真言宗巌松山如願寺
F 26025
一 聲 の 江 に よ こ た ふ や 子 規 芭蕉翁
@ 明和四年(一七六七)推定
A 五升庵蝶夢か成田蒼虻の建立
C 宮津市文珠 臨済宗妙心寺派五台山智恩寺(文珠堂)から三百m千貫松
D はじめ文珠堂山門脇にあったものを大正初年(一九一三)移す
蝶夢=前出P.0025 蒼糺=成田氏 通称彦助また久左衛門利定 金沢の人
のち上洛闌更に頼る 初め槐庵二世 闌更没後芭蕉堂二世となり のちに
芭蕉堂を千崖に譲り南無庵二世 のち更に対塔庵と号した 天保十三年(一
八四二)三月十三日京都に没八十二歳
F 26026
梅 の 香 に の つ と 日 の 出 る 山 路 哉 はせを
@ 明和四年(一七六七)推定
A 五升庵蝶夢の建立か
C 宮津市須津 須津彦神社
D 蝶夢=前出P.0025
F 26027
春 も や ゝ 景 色 と ゝ の ふ 月 と 梅 はせを
@ 幕末=慶応二年(一八六六)推定
B 幕末京俳人甫尺筆
C 与謝郡野田川町字石川神宮寺 高野山真言宗石川山神宮寺心経池畔