中部山岳と盆地の形成過程をさぐる

地学巡検のページへもどる
 東京地学協会2003年度巡検「松本平と伊那谷の鮮新世−更新世テフラと堆積物から中部山岳と盆地の形成過程をさぐる」に参加して

1.北アルプス(飛騨山脈)の隆起と火山活動

 「山はどのようにしてしてできたのか」を探る巡検での観察ポイント。その1は北アルプスから松本平を越えた東に位置する大峰丘陵であった。写真は大峰溶結凝灰岩の大露頭。右側(東に)に大きく傾いた火砕流堆積物。2つの矢印の白いところはその底部と上部で,冷やされて未溶結の部分。後立山連峰南部の爺ヶ岳付近にあった火山が160万年前に噴出したものと推定される。火砕流の分布範囲は半径約70kmにおよぶ。房総半島にも対比される火山灰があり,大峰テフラと呼ばれる。どんな噴火であったのか想像しがたい。
 松本盆地と北アルプスそして糸魚川静岡構造線を眺める。カシミールによる鳥瞰図。右下の旗マーク(GPSのウェイポイント)が上の露頭位置。北アルプス(飛騨山脈)の爺ヶ岳の手前にある白沢天狗山に分布する凝灰岩が,大峰丘陵にのる火砕流堆積物(大峰帯)に対比される。
 日本アルプス(飛騨,木曽,赤石山脈)は,糸魚川静岡構造線でその東側のフォッサマグナ(大地溝帯)と区画される。だから,糸魚川静岡構造線は,その西側山地の隆起の境界かと思うが,この図でみると,むしろ大峰丘陵側が東に傾動しながら隆起しているように見える。この謎にいどんだのが信州大学の原山教授ら(飛騨山脈東半部における前期更新世後半からの傾動・隆起運動,第四紀研究,2003,および,超火山・槍穂高,山と渓谷社,2003)である。爺ヶ岳付近には,東に60−70°も傾いたカルデラがあり,その運動は糸魚川静岡構造線を生じさせるのと同じ東西圧縮力によるもので,それがいつ頃のことなのか,その地下構造とともに明らかにした。下図はこちらから転載させて頂きました。

信州大学原山教授のHPより転載


2.中央アルプス(木曽山地)の隆起と伊那盆地の形成

 伊那谷の鳥瞰図(ビスタプロ2による)
 中央構造線,木曽山脈から流れ出る扇状地がわかる。そして,天竜川の河岸段丘のようにみえる段丘崖のいくつかは木曽山地を今も隆起させている活断層による段丘状地形である。
 国道153号線道の駅「いいじま」から見た中央アルプスと活断層によって隆起した台地面(千人塚原)。山側に傾いている。
 天竜川左岸(竜東)の陣馬形山(1445m)からの鳥瞰図(ビスタプロ2による)
 中央アルプスから出る川はみな扇状地を形成する。川の名前に「タギリ」という語がつけられている(与太切川,中田切川,太田切川)。扇状地を掘削して渓谷を作っているので,一見「田を切る」という意味にも思えるが,本来は「滾る」(煮え立つ,わき上がる)の意ではないかという。しばしば洪水や土石流が猛威をふるう川であることを示しているのであろう。
 いくつもの扇状地を横断するように断層崖が続いている。田切断層は断層面が低角の逆断層で,露頭では下盤側の堆積物に,上盤側のレキ層が乗っかって崩れる様相を示す。これを「上ずれ断層」と呼ぶそうである。 
 与太切川左岸の扇状地レキ層。最上部の火山灰層は薄く,新しい地形面(鳥居原面)である。レキ層は3つに区分でき,3回の異なる堆積時期があったことが分かる。上の白っぽいレキ層は上部ほどレキの粒径が大きく,氷期による岩屑の増加が考えられる。この下部に伊那軽石を含む砂層があり,約9万年前のもの。
 飯島町赤坂の火山灰層露頭。同じ扇状地でも古い地形面(川の流れがなくなる,離水してから長い)には,火山灰層(テフラ)がのっている。手前が御岳第1軽石,奥が御岳伊那および御岳三岳軽石。
 このような観察から,火山灰編年学(テフロクロノロジー)を用いて,地形と断層運動の履歴を推定し,中央アルプスと南アルプスの隆起および伊那盆地の形成過程が明らかにされている。
 飯田市駄科地区,毛賀沢川河床にある念通寺断層(活断層)の露頭
 西上がり東落ちの逆断層。レキ層中にはいくつかの副断層あり,レキ層は花崗岩側に引きずられるように変形している。
 プレート境界に位置する日本列島は「地震と火山」の国である。国土の70%が山地でありながら,高度成長をとげ,1億数千万人もの人口を維持し,豊かな生活を享受している。変な言い方だが,それを支えている地表面(自然が失われたと言うけれど地形は今もつくられている)にもっと多くの人が興味をもっていていいのではないか。平地や丘,また山はどのようにして出来るのか。30年前にはかなり漠然とした知識だったのが,地球科学の革命的発展(プレートテクトニクスや氷期−間氷期の気候変化が明らかにされ)とともに,全貌が分かってきた。とくに,最近は第四紀(現在〜170万年前)の前半まで,議論されている。地形学的には,浸食されてしまったものは「ない」のだが,火山灰という証拠物件でいろいろ分かるのは,まさに推理小説のようで面白い。
 巡検に参加させていただき,とてもためになりました。関係者の方々にこの場を借りてお礼申し上げます。

参考文献
町田 洋,松島 信幸,寺平 宏,小泉 明裕,久保 純子(2004):松本平と伊那谷周辺の鮮新世−更新世テフラと堆積物から中部山岳と盆地の形成過程をさぐる,東京地学協会2003年度見学会資料
原山 智,大藪 圭一郎,深山 裕永,足立 英彦,宿輪 隆太(2003):飛騨山脈東半部における前期更新世後半からの傾動・隆起運動,第四紀研究,Vol.43,No.3,127-140

もどる
地学巡検のページへもどる