長野県

 
B20001
芭 蕉 翁
  陰     雪ちるや穗屋のすゝきの刈殘し
         寛保三癸亥十月十二日當五十回忌建立
  台座    連中四十四名の名あり(略)
 
      @ 寛保三年(一七四三)十月十二日五十回忌
      C 長野市南長野北石堂町                浄土宗刈萱山寂照院西光寺(刈萱堂)
 
F20002
月影や四門四宗もたゝ一ツ はせを
  左     芭蕉翁詣善光寺也恨人無知故欲立碑
        於山門而不得其地因以托於此地云々
         寛政五癸丑年冬十月十二日迄
 
      @ 寛政五年(一七九三)十月十二日
      C 長野市西長野往生地                      浄土宗安楽山菩提院往生寺
 
F20003
雲折   人を休むる月見かな 芭蕉翁
  陰     文政七年申仲秋/小青軒抱儀/湖庵尚故/花鳥庵尺水/
        富梅軒楚泉/月雪庵天來/月院社大宗匠
      @ 文政七年(一八二四)八月
      A 月院社何丸建立
      B 月院社何丸筆
      C 長野市吉田上町桐原                         吉田神社隣聖観音堂
      D 何丸=茂呂氏を小沢と改め のちまた茂呂と復した 通称治郎右衛門 名は一元 初め古連・漁村
        のちに何丸と改め 月院舎と号した 天保八年(一八三七)十月二十七日没七十七歳 信州水内郡
        吉田の人 蘭更門 文政二年(一八一九)江戸に出て浅草蔵前の札差守村治郎兵衛(俳号 抱儀)
        の庇護を受ける 文政七年(一八二四)二条殿から召されて 宗匠の免許 文政十二年(一八二九)
        再び二条殿に招かれ 御代官の台命を受け 大宗匠を允許された 畢生の著作『七部集大鏡』・ 
        『芭蕉翁句解参考』 抱儀=守村氏通称治郎兵衛 号小青軒・不知斎 江戸蔵前の札差 俳諧を蒼
        詩文を仏庵 画を抱一に学ぶ 文久二年(一八六二)一月十六日没五十八歳 何丸を扶持し
        て大著をなさしめた
 
B20004
桃 青 靈 神
  左     道端のむくけは馬に喰はれけり
  右     文化九年壬申十月十二日造立
 
      @ 文化九年(一八一二)十月十二日
      A 一茶門 医者佐藤魚淵建立
      C 長野市長沼                            守田神社(日吉神社)
      D 魚淵=前出T一七六頁参照
 
F20005
世を旅に代かく小田の行戻り
      C 長野市西和田                                 和田神社
 
F20006
春もやゝ景色とゝのふ月と梅
 
      @ 嘉永元年(一八四八)
      C 長野市西和田                                五分一天神
 
F20007
月かけや四門四宗も唯一つ 芭蕉翁
 
      @ 天保三年(一八三二)百四十回忌
      A 月院社何丸父子建立
      C 長野市長野城山                         健御名方富命彦神別神社
      D 何丸=前出W五五頁参照
 
J20008
觀音の甍見やりつ花の雲 芭蕉
御佛のわかれは三世のかゝみかな 虎杖
 
      @ 文化年間=文化十四年(一八一七)推定
      C 長野市北長池                                  常恩寺
      D 天姥=宮本氏 通称八郎兵衛 号古慊・虎杖・梨翁 信濃戸倉の人 江戸に出て白雄に学ぶ 文政
        六年(一八二三)八月没八十三歳
 
F20009
何の木の花ともしらすにほひ哉
 
      C 長野市篠ノ井東福寺                             中沢家氏神
 
F20010
物いへは唇寒し秋の風
 
      C 長野市篠ノ井会                               可毛羽神社
 
F20011
蕎麥はまた花てもてなす山路哉
 
      C 長野市篠ノ井塩崎 見山                            鳥坂峠上
 
F20012
ふる池や蛙飛こむ水の音
 
      C 長野市真島町本道                                西明寺
 
F20013
むすふよりはや齒にひゝく清水哉
 
      C 長野市信更町三水                                 路上
 
F20014
雨折々思ふ事なき早苗哉
 
      C 長野市信更町野田                                 路上
 
F20015
くたふれて宿かる頃や藤の花
 
      @ 文化八年(一八一一)
      C 長野市信更町田野口                             大藤の境内
 
F20016
☆消滅
十六夜もまた更級の郡かな
 
      C 長野市更北町小島田町田中八幡原                         八幡社
 
F20017
十六夜もまた更級の郡かな
 
      @ 昭和三十九年(一九六四)春再建
      C 長野市更北町小島田町田中八幡原                         八幡社
 
F20018
くたひれて宿かる頃や藤の花
      C 長野市更北町小島田町田中八幡原                          路上
 
F20019
梅か香にのつと日の出る山路かな
 
      @ 文化年間=文化十四年(一八一七)
      C 長野市松代町豊栄           松代東寺尾の真言宗豊山派杵渕山福徳寺末虫歌観音堂
 
F20020
赤々と日はつれなくも秋の風
 
      C 長野市松代町岩野                            会津比売命神社
 
F20021
兎も角もならてや雪の枯尾花
 
      @ 天保三年(一八三二)
      C 長野市松代町東条                               天王山頂
 
B20022
桃 青 靈 神
  陰     かほに似ぬ發句も出てよはつ櫻
 
      @ 天保十四年(一八四三)
      A ノ左 松月らの建立
      C 長野市松代町西寺尾                              頤気神社
 
F20023
夕顏や秋はいろ   の瓢かな
 
      @ 明治二十五年(一八九二)
      C 長野市七二会大安寺                         曹洞宗長興山大安寺
 
F20024
      信濃なる富士見橋こゆる日は雨降て山皆雲に隱れたり
霧しくれ富士を見ぬ日そ面白き はせを
  右     文化十年癸酉八月
  左     村井宿
 
      @ 文化十年(一八一三)八月
      C 松本市芳川村井下町                           国道筋富士見橋
      D 安曇野の有明山を一名信濃富士という
 
F20025
花さかり山は日ころの朝ほらけ はせを翁
                      梅室拜書
  陰     山櫻庵風也時弘化四丁未春建之雲壁堂探々
 
      @ 弘化四年(一八四七)春
      A 山櫻庵風也建立
      B 梅室筆
      C 松本市蟻ヶ崎                                 城山公園
      D 梅室=前出T一四八頁参照
 
F20026
しはらくは花の上なる月夜かな はせを
                      鼎左拜書
  右     嘉永四年彌生信府高見宜智
  陰     城山の麓なる臥雲亭に世々麗水の湧出ければ
          とく  の水は根つよき日永かな 照樹
 
      @ 嘉永四年(一八五一)三月
      A 高見宜智照樹建立
      B 鼎左筆
      C 松本市蟻ヶ崎放光寺                      曹洞宗日光山放光寺稲荷社
      D 鼎左=前出T五四頁参照
 
F20027
古池や蛙飛こむ水の音 はせを
            七十六翁永機書
  陰     明治戊戌
        乞食の産に宿かす櫻かな 遊鳥
 
      @ 明治三十一年(一八九八)
      A 遊鳥建立
      B 永機筆
      C 松本市蟻ヶ崎四三四                              神沢池畔
      D 永機=前出U一三六頁参照
 
F20028
何の木の花ともしらすにほひかな はせを
                        董山素水書
  陰     明治廿年四月西風俳諧協會安筑有志中
 
      @ 明治二十年(一八八七)四月
      A 安筑有志建立
      B 小野董山素水筆
      C 松本市大手三―三―二〇                            四柱神社
 
F20029
☆消滅
けふはかり人も年よれ初時雨
 
      A 佛且建立
      C 松本市城東                                流水山清宝院
 
F20030
けふはかり人も年よれ初時雨 芭蕉翁
  陰     松本城東流水山清宝院境内佛且建之
        昭和二十三年秋日加藤犀水再建拜書
      @ 昭和二十三年(一九四八)秋
      A 加藤犀水再建
      B 加藤犀水筆
      C 松本市中央四丁目                          曹洞宗金峰山大松寺
 
F20031
      坐右銘
ものいへは唇寒し秋の風 芭蕉翁
 
      @ 昭和四十八年(一九七三)
      A 開運堂建立
      B 真蹟短冊模刻
      C 松本市中央二―二―二一                        菓子店開運堂店頭
 
F20032
旅人と我名呼はれん初しくれ はせを翁
  陰     後學雨路臨 大正五年丙辰十一月
        發起 赤人 邨山 雨晴 雪嵐 窓朶
 
      @ 大正五年(一九一六)十一月
      A 赤人 邨山 雨晴 雪嵐 窓朶ら建立
      B 雨路筆
      C 松本市里山辺湯ノ原                             美ヶ原温泉
F20033
春雨のことたにつたふ雫かな はせを
                義仲寺現住閑亭謹書
  陰     天保十一年庚子孟春百瀬尚司吉樹建之/淺間三浦仁佐郎之寄附
        大正六年五月眞觀寺ヨリ移ス
  右     松に影のこて入ぬ春の月 藏六
 
      @ 天保十一年(一八四〇)一月
      A 百瀬尚司吉樹建立
      B 義仲寺現住閑亭筆
      C 松本市浅間温泉不動瀧                          西宮惠比壽神社
 
F20034
猶見たし花に明行神の顏 はせを
              月之本素水書
 
      @ 明治二十二年(一八八九)三月
      B 素水筆
      C 松本市笹部                                 野々宮神社
 
F20035
白菊の目に立てゝ見る塵もなし はせを
                      雨柳拜書
 
      @ 大正四年(一九一五)十一月
      A 霜生 笑悦 桂月 花笑 壽松 丸舟らの建立
      B 柳沢雨柳筆
      C 松本市内田寺屋敷                       真言宗智山派塩沢山法船寺
 
F20036
雲雀なくなかの拍子や雉子のこゑ はせを
  陰     戊申翁乃日俳壇中建之
 
      @ 明治四十一年(一九〇八)十月十二日
      C 松本市中山                                中山霊園頂上
 
J20037
山里は萬歳遲し梅の花はせを
心さす山は外れす今日の月 和手翁
  陰     (篆額)祖神碑
        御即位記念俗名丸山瀧重文政六年生和泉村年寄役名主被仰付老后風雅優遊
        明治丗年一月廿三日齡七十四孫勲八等丸山宗并從七位丸山力男丸山篤
 
      @ 大正四年(一九一五)十一月
      A 丸山宗 丸山力男 丸山篤建立
      C 松本市中山上和泉                             丸山重男氏宅
 
F20038
蕎麥はまた花てもてなす山路哉 芭蕉翁
      @ 天保十四年(一八四三)以前
      C 松本市中山上和泉                         五千石街道茶臼山の麓
 
F20039
何の木の花とはしらぬ匂かな
 
      @ 明治二十六年(一八九三)
      C 上田市中央四丁目(柳町)                            大神宮
 
B20040
芭 蕉 翁
  陰     雪ちるや穗屋の薄の刈り殘し
 
      @ 安永六年(一七七七)
      C 上田市上塩尻                                 座間神社
 
F20041
古池や蛙とひこむ水の音
 
      @ 明治四十二年(一九〇九)
      C 上田市大手二丁目(新参町)                       商工会議所南側
 
F20042
春もやゝけしきとゝのふ月と梅
 
      @ 明治年間=明治四十四年(一九一一)
      C 上田市国分                   天台宗山門派浄瑠璃山真言院国分寺八日堂
 
F20043
はるの夜はさくらにあけてしまひけり
 
      C 上田市国分                   天台宗山門派浄瑠璃山真言院国分寺八日堂
 
F20044
觀音のいらかみやりつ花の雲
 
      @ 安永三年(一七七四)
      B 加舎白雄筆
      C 上田市別所温泉                   天台宗金剛山照明院常楽寺北向観音堂
      D 白雄=前出U九七頁参照
 
F20045
古池や蛙とひこむ水の音
 
      C 上田市大字山田横山                                路上
 
F20046
山路來て何やら床しすみれ艸
  陰     天保十四年癸卯時彌生忌日梅眞弄書
 
      @ 天保十四年(一八四三)三月十二日百五十回忌
      A 梅眞庵と小荻連の建立
      B 梅眞庵筆
      C 岡谷市長地横川                         横川公会堂庭(真秀寺)
      D 梅眞庵=当寺の住職浄典法印雅号玉骨又は虎庵
        はじめ梅眞庵は中山道沿いのゴンゲンドウノ西南端に建立 のちに移す
 
F20047
兩の手に桃とさくらや草の餅 芭蕉翁
 
      @ 文政六年(一八二三)春
      A 武居七之助米斗建立
      C 岡谷市山下町一―八―二八                         武居清吉氏宅
 
F20048
叡慮にて賑ふ民や庭かまと はせを
  陰     明治十三年七月建立
 
      @ 明治十三年(一八八〇)七月
      C 岡谷市本町二丁目                       真言宗智山派城向山照光寺
 
F20049
ものいへは唇寒し秋の風 はせを
  陰     粟津本廟露城書 大正八年十二月建立
 
      @ 大正八年(一九一九)十二月
      B 粟津本廟(大津義仲寺)露城筆
      C 岡谷市銀座二丁目                              小口薬師堂
 
F20050
聲よくは歌はんものを散る櫻
 
      @ 大正九年(一九二〇)
      C 岡谷市銀座二丁目                              小口薬師堂
 
F20051
いささらは雪見にころふ處まて はせを
                後學雨路臨年八十七
 
      @ 大正七年(一九一八)
      B 雨路筆
      C 岡谷市湊花岡                                 花岡城跡
 
F20052
うらやまし浮世の北の山櫻
  陰     東都春蟻書
 
      C 飯田市座光寺市場                  天台宗不捨山座光如来寺(元善光寺)
 
C20053
芭 蕉 翁
いさゝらは雪見にころふ處まで
        遊客雲裡謹書
  陰     元祿七甲戌十月十二日寂/惟時寶暦第六歳次丙子林鐘中二/五葉庵連中敬建之
 
      @ 宝暦六年(一七五六)六月十二日
      A 五葉庵連中建立
      B 雲裡坊筆
      C 飯田市伝馬町二丁目                               善勝寺
      D 雲裡坊=前出T四二頁参照
 
C20054
芭 蕉 翁
春もやゝけしきとゝのふ月と梅
  陰     成國圭賀撰 福澤建 萬延元年春
 
      @ 万延元年(一八六〇)
      C 飯田市大久保                                 愛宕神社
 
F20055
梅の香にのつと日の出る山路かな はせを
  陰     明治二十六年十月十二日 信南眞連建
 
      @ 明治二十六年(一八九三)十月十二日
      C 飯田市今宮町                                 今宮公園
 
F20056
    人の短をいふ事なかれ
    己か長をとく事なかれ
物いへは唇寒し秋の風 芭蕉翁
  陰     十七代先祖戸主林泰助(明治初年追刻)
 
      C 飯田市滝江一本木                                林氏宅
 
C20057
芭 蕉 翁
花の雲かねは上野かあさくさか
  左     寛政五癸丑天百回爲報恩建之桂丘社中
  陰     寛政五年桂丘てふ俳士の社中創立せられ
        し御祖翁の句碑星霜積もりていつの頃にか
        土に埋れにけりそこをこたひ社友心をあは
        せ御神魂をなくさめんと再立する事とは
        なりぬ于時明治十六年十月十二日
         御佛は朽ちし木なれと初櫻 壽玉
         御佛の利益はかくや花日和 喜山
         木枯や野辺に嘶く放馬 秋琴
         笹鳴や通りかゝりし神の庭 梅好
 
      @ 寛政五年(一七九三)百回忌
      A 桂丘社中建立
      C 飯田市白山町                                 阿彌陀寺
      D 碑陰は明治十六年(一八八三)土中に埋もれていたものを梅好らが現在地に修造した時に刻したも
        の はじめ阿彌陀寺の南二五〇メートルのところに富士浅間祠がありそこに建立
 
J20058
☆消滅
陽炎のわか肩にたつかみこかな 芭蕉
覗くまて行て初音のほとゝきす 蕉雨
朔日やことしは何所の時鳥 壺伯
 
      @ 天保十三年(一八四二)
      C 飯田市大門町                              田口政次郎氏宅
      D 蕉雨=櫻井三郎右衛光喜 号八巣・小麓庵・槿堂・尼椿老人 信州飯田の人 士朗門 文政十二年
        (一八二九)五月七日江戸に没五十五歳
 
F20059
山里は萬歳おそし梅の花 はせを
  陰     昭和三年春御大典記念 濡羽會
 
      @ 昭和三年(一九二八)春
      C 飯田市鼎町名子熊                              名古熊神社
 
F20060
觀音のいらか見やりつ花の雲 芭蕉翁
  陰     安政三年春建立
 
      @ 安政三年(一八五六)春
      C 飯田市山本久米                                 光明寺
 
F20061
春もやゝ氣色とゝのふ月と梅 翁
  陰     明治十一年
 
      @ 明治十一年(一八七八)
      C 飯田市山本久米                                 光明寺
 
F20062
古池や蛙飛ひこむ水の音 翁
  陰     六十三叟有石竹内光
 
      @ 明治二十六年(一八九三)二百回忌 推定
      A 有石竹内光建立
      C 飯田市山本久米                               北平公会堂
 
F20063
刈りかけし田面の鶴や里の秋 はせを
  陰     大正四年十一月即位記念 地元俳友数名(略)
 
      @ 大正四年(一九一五)十一月
      C 飯田市山本久米                               西平八幡社
F20064
しはらくは花の上なる月夜かな 芭蕉翁
  陰     明治十九年三月建立
 
      @ 明治十九年(一八八六)三月
      C 飯田市下久堅柿の沢                               八垣外
 
F20065
山路來て何やらゆかし菫草 はせを
  陰     天保八丁酉歳冬十月中旬 月峰舎卓二包山居五橘建之
 
      @ 天保八年(一八三七)十月
      A 月峰舎卓二包山居五橘建立
      C 飯田市下久堅柿の沢                        牧野内生活センター前
 
F20066
花の雲鐘は上野か淺草か はせを
  正面下部  当地の俳人九名の句あり(略)
  陰     大正四年爲即位記念
 
      @ 大正四年(一九一五)
      C 飯田市中村朝臣                                 惣教寺
 
F20067
春もやゝ氣色とゝのふ梅に月 はせを
      @ 明治年間=明治四十四年(一九一一)推定
      C 飯田市下中村                              平田友畝氏宅庭
 
F20068
木の下に汁も鱠も櫻かな
            誹士若人天保七年丙申二月
 
      @ 天保七年(一八三六)二月
      A 久保島若人建立
      C 諏訪市四賀                   高野山真言宗鼈沢山佛法紹隆寺(佛法寺)
      D 若人=『深川帖』 俳諧撰集 若人編 文化八年(一八一一)刊 巣兆序 信州諏訪の若人が江戸
        在勤の余暇の一集 嵐外・素檗らとの三吟等を編集
 
F20069
花に遊ふ虻なくらひそ友雀 芭蕉
                正二位季知書
  陰     明治十三年季夏
 
      @ 明治十三年(一八八〇)六月
      B 三条西季知筆
      C 諏訪市高島一丁目                               高島公園
 
C20070
芭 蕉 翁
湖や暑ををしむ雲の峰
      C 諏訪市豊田有賀                                 三本松
 
C20071
花 本 大 明 神
風流の初めや奧の田植歌
  陰     天保十五年六月
 
      @ 天保十五年(一八四四)六月
      C 諏訪市福島                               御頭御射宮司社
 
C20072
花 本 大 御 神
名月や湖水に浮ふ七小町
  陰     明治十九年 岩波其殘書
 
      @ 明治十九年(一八八六)
      B 岩波其殘筆
      C 諏訪市下金子                                  八幡社
 
B20073
芭 蕉 翁
  陰     春の夜はさくらに明けてしまひけり
 
      C 須坂市井上町                             井上氏城跡大日堂
F20074
しくるゝや田のあらかふの黒むほと
 
      @ 明治十五年(一八八二)
      C 須坂市須坂字芝宮                               墨坂神社
 
F20075
けふはかり人も年よれ初しくれ
 
      @ 明治十五年(一八八二)
      C 須坂市須坂字芝宮                               墨坂神社
 
F20076
雲折   人を休むる月見かな
 
      @ 明治二十七年(一八九四)
      C 須坂市小山                                臥竜公園山頂
 
F20077
ものいへは唇寒し秋の風
 
      C 須坂市仁礼米子                                  路上
 
F20078
しはらくは花のうえなる月夜かな
      C 須坂市仁礼米子                                  路上
 
B20079
芭 蕉 翁
みの蟲の音を聞に來よ草の庵
 
      C 須坂市本上町                          真宗大谷派柳島山勝善寺
 
F20080
ぬれて行く人もをかしや雨の萩
 
      C 須坂市相之島町                                 源信寺
 
F20081
木の下は汁も鱠も櫻かな
 
      @ 明治三十五年(一九〇二)
      C 須坂市幸高町                                  秀泉寺
 
F20082
此あたり目に見ゆるものは皆凉し
 
      C 小諸市柏木四ッ家                                 路上
 
 
F20083
思ひ出す木曾や四月の櫻狩
 
      C 小諸市小諸乙六供                    真言宗智山派天国山吉祥院成就寺
 
F20084
櫻狩きとくや日々に五里六里
 
      C 小諸市小諸乙六供                   真言宗智山派天国山吉祥院成就寺裏
 
F20085
蝙蝠も出よ浮世の華に鳥
 
      C 小諸市大久保                天台宗山門派布引山曝巌院釈尊寺(布引観音)
 
F20086
蓬莱に聞かはや伊勢の初便り 芭蕉翁
  陰     此碑者天保十四歳星次癸卯冬十月十二日以當於
        翁百五十回之遠忌俚人俳友好士等謀而所建也
        應需加愚章以書矣前年壬寅十一月初旬
         元日は杲もうれしき春の宵 鳳朗
 
      @ 天保十四年(一八四三)十月十二日百五十回忌
      B 田川鳳朗筆
      C 伊那市手良中坪                            八幡社西隣東光庵
      D 杲=かほ 鳳朗=前出U四六頁参照
 
F20087
名月に麓の霧か田の曇
 
      @ 昭和九年(一九三四)
      C 伊那市山寺                                  狐林公園
 
F20088
むすふよりはや齒にひゝく清水哉
 
      C 伊那市山寺                                    路上
 
F20089
身にしみて大根からし秋の風 翁
  右     享和紀元秋燕土みち彦書
 
      @ 享和元年(一八〇一)秋
      A 伯先と地元山寺連の建立
      B 鈴木道彦筆
      C 伊那市山寺                                   昌玄坂
      D 燕土=江戸 みち彦=鈴木道彦 名は由之 号金令舎・十時庵・藤垣庵 仙台の人 江戸に出て医
        を業とした 白雄八大弟子の随一とされ 成美・巣兆と供に江戸の三大家と称された 文政二年
         (一八一九)九月六日没六十三歳
 
F20090
觀音の甍見やりつ花の雲 芭蕉翁
 
      @ 文化元年(一八〇四)
      C 伊那市西箕輪羽広                          天台宗羽広山仲仙寺
 
F20091
雪散るや穗屋の薄の刈り殘し はせを
 
      C 伊那市西箕輪羽広                               御射山平
 
F20092
草臥れて宿借るころや藤の花 はせを
  陰     林齊方窓書
 
      B 林齊方窓筆
      C 伊那市西箕輪羽広北割                               路上
 
F20093
しくるゝや田のあらかふの黒むほと 芭蕉
  陰     明治廿六年初冬建之弐百年回 馬場凌冬
 
      @ 明治二十六年(一八九三)
      B 馬場凌冬筆
      C 伊那市伊那部中央                              中央区公園
F20094
このあたり目に見ゆるものみなすゝし
 
      C 伊那市伊那部野底                                 路上
 
F20095
山里は萬歳おそし梅の花
 
      C 伊那市伊那部上牧                                 路上
 
F20096
此あたり目に見ゆるものみなすゝし
 
      C 伊那市東春近上殿島                               六軒屋
 
F20097
八九間空て雨ふる柳かな はせを
  陰     落大□門人橋林庵木信拜 時文政未夏
 
      @ 文政六年(一八二三)夏
      B 橋林庵木信筆
      C 伊那市美篶青島                                橋爪氏宅
 
F20098
木のもとに汁も鱠も櫻かな はせを
  陰     明治十二己卯年三月下旬墨艸齋營焉
 
      @ 明治十二年(一八七九)三月
      A 墨艸齋建立
      C 伊那市美篶上川手東坂頭                              路上
 
F20099
葛の葉の表見せけり今朝の霜 芭蕉翁
                  春秋庵白雄書
 
      B 春秋庵白雄筆
      C 伊那市                                県道東中沢道入口
      D 白雄=前出U九七頁参照
 
F20100
葛の葉の表見せけり今朝の霜 芭蕉翁
 
      @ 昭和五十六年(一九八一)再建
      C 伊那市                                県道東中沢道入口
 
F20101
名月や池をめくりて夜もかすら はせを
  陰     鳴露書
 
      @ 天保年間=天保十四年(一八四三)
      B 鳴露筆
      C 伊那市富県南福地                                金鳳寺
 
F20102
月華の是やまことのあるし達 はせを
  陰     大正四乙卯十一月 洗心社員希世紀ら三十七名(略)
 
      @ 大正四年(一九一五)十一月
      A 洗心社中建立
      C 伊那市富県南福地                             金鳳寺南の山
 
F20103
山里は萬歳おそし梅の花
 
      C 駒ヶ根市東伊那栗林                             坂井勲氏宅
 
F20104
松茸やしらぬ木の葉のへはりつく はせを
 
      C 駒ヶ根市東伊那                              火山峠一本松
 
F20105
物いへはくちひるさむし秋のかせ
 
      @ 天保十一年(一八四〇)
      C 中野市大字中野              真言宗智山派高井山本願院南照寺(川東善光寺)
 
F20106
聲よくは歌はんものを散る櫻
 
      C 中野市大字中野              真言宗智山派高井山本願院南照寺(川東善光寺)
 
F20107
時雨をやもとかしかりて松の雪
 
      C 中野市大字中野                    真言宗智山派高嶺山無量寿院如法寺
 
F20108
いかめしき音や霰の檜木笠
 
      C 中野市大字柳沢                                  路上
 
F20109
元日に田毎の日こそ戀しけれ
 
      C 中野市乙赤岩                                  富向山
 
F20110
☆誤伝
舟となり帆となる風のはせをかな
      @ 嘉永七年(一八五四)
      C 中野市                                   長瀬新道端
      D 一昌の句
 
F20111
木のもとにしるも鱠もさくらかな はせを
  陰     天保十五辰春
 
      @ 天保十五年(一八四四)春
      C 大町市大字大町堀六日町                         堀六日町公民館
 
B20112
芭 蕉 翁
  陰     ほろ   と山吹ちるや瀧の音
         寛政五癸丑年十月十二日青雅建之
 
      @ 寛政五年(一七九三)十月十二日
      A 青雅建立
      C 大町市大字社山下 常光寺の上約一キロ                     清音の瀧
 
B20113
    文久三癸亥
花 本 大 明 神
  陰     名月や池を巡りて夜終
             空羅謹書
      @ 文久三年(一八六三)
      B 甲府俳人鈴木空羅筆
      C 茅野市ちの上原                           曹洞宗少林山頼岳寺
      D 現在碑陰を正面としている 本書五一頁参照 山梨県上野原町諏訪に頼岳寺あり とする文献あれ
        ども 所在不明 当寺に該当するか
 
F20114
結ふよりはや齒に響く清水かな 翁
                    雲陽敬書
  陰     明治三十六年五月 清水川社
 
      @ 明治三十六年(一九〇三)五月
      A 清水川社建立
      B 村松準三郎雲陽筆
      C 茅野市北大塩                                  大清水
 
F20115
白菊の眼にたてゝ見る塵もなし はせを
  陰     月之本素水書 明治二十九年
 
      @ 明治二十九年(一八九六)
      A 白菊社建立
      B 月之本素水筆
      C 茅野市玉川菊沢                                菊沢公園
 
F20116
まつ杉を譽てや風の薫る音 翁
  陰     明治二十六年四月二百回忌建立
 
      @ 明治二十六年(一八九三)四月二百回忌
      C 茅野市玉川粟沢                       小泉山観音堂(粟沢の観音)
 
F20117
かれ朶に烏のとまりけり秋の暮
 
      @ 天保十三年(一八四二)十月十二日
      C 茅野市玉川中沢                               多留姫神社
 
F20118
かれ朶に烏のとまりけり秋の暮
  陰     天保十三壬寅歳十月十二日明治癸卯四月再建
 
      @ 明治三十六年(一九〇三)四月再建
      C 茅野市玉川中沢                               多留姫神社
 
F20119
春もやゝ景色とゝのふ月と梅 はせを
                花本十一世聽秋謹書
 
      @ 明治三十年(一八九七)推定
      B 花本聽秋筆
      C 茅野市玉川山田                                 蚕玉社
      D 聽秋=前出T七五頁参照
 
F20120
觀音のいらか見やりつ花の雲 はせを
  陰     久保島若人他三十六名の俳人名(略)
 
      @ 嘉永年間=嘉永六年(一八五三)推定
      C 茅野市塚原                                 白岩観音堂
      D 昭和二十五年(一九五〇)犬射原神社から移建
 
F20121
☆誤伝
      穗屋の里にて
いさみたつ鷹引据るあられ哉 芭蕉
 
      @ 昭和十年(一九三五)頃
      C 茅野市金沢御狩野開拓地                         南宮諏訪大明神
      D 芭蕉晩年の門人江戸能役者狂言師里圃の句
 
F20122
年々や櫻を肥やす花の塵 はせを
                以水拜書
 
      C 茅野市田沢                                   社宮寺
 
F20123
うきわれをさひしからせよかんこ鳥 はせを
                        後學雨路臨
 
      @ 大正初年=大正二年(一九一三)
      B 矢彦神社宮司雨路筆
      C 塩尻市北小野                                 小野神社
 
F20124
古池やかはつ飛ひ込む水の音 はせを
                  後學雨路臨
 
      @ 大正初年=大正二年(一九一三)
      B 矢彦神社宮司雨路筆
      C 塩尻市北小野矢彦沢                              矢彦神社
      D 矢彦沢の地は上伊那郡辰野町の飛地で前期小野神社と同じ社叢の中に小野神社と並んで建立されて
        いる 矢彦神社の社地だけが飛地になっている
 
 
C20125
(篆額)芭 蕉 翁
野を横に馬曳むけよ郭公
  陰     安永四未十月十二日連中五尺菴露白建之
 
      @ 安永四年(一七七五)十月十二日
      A 五尺菴露白建立
      C 塩尻市大字広丘郷原                         真言宗桔梗山郷福寺
      D 露白=郷原宿の人青柳氏 菅江真澄が訪れている
 
F20126
☆存疑
      信濃の洗馬
入梅はれのわたくし雨や雲ちきれ 芭蕉
                      俳諧一葉集より
 
      @ 昭和五十年(一九七五)三月
      C 塩尻市宗賀芦ノ田                              洗馬公民館
 
F20127
芭 蕉 翁 師 走 塚
  左     文化元甲子年十月十二日/信陽日々齋連中建之
  右     何此師走の市にゆくからす はせを
 
      @ 文化元年(一八〇四)十月十二日
      A 日々齋連中建立
      C 更埴市稲荷山                                 治田公園
 
F20128
芭 蕉 翁 面 影 冢
  左     東都松露庵鳥醉門人信一州連合資樹立
  右     おもかけや姨ひとりなく月の友
  陰     明和六秋八月望
 
      @ 明和六年(一七六九)八月十五日
      A 鳥醉門人信一州連合資建立
      C 更埴市八幡姨捨山                          天台宗姨捨山長楽寺
      D 松露庵白井鳥醉が句碑建立を計画したが 明和六年(一七六九)四月四日没 門人加舎白雄が師の
        志をつぎ義仲寺の墓の土をおさめて同年八月十五日竣工
        鳥醉=前出T一八一頁参照 白雄=前出U九七頁参照
 
F20129
☆存疑
(篆額)姥石耳奈幾加走之多留氣々春哉
  碑面下部  百数十名の句あり(略)
        慶應戊辰秋
 
      @ 慶応四年(一八六八)秋
      C 更埴市八幡姨捨山                          天台宗姨捨山長楽寺
      D 「姥石に啼きかはしたる雉子かな」を篆額にし更級庵静一一派の百五十句と催主十二名の句が記さ
        れている
 
F20130
元日に田毎の月そ戀しけれ
 
      @ 昭和十二年(一九三七)
      C 更埴市八幡姨捨山                          長楽寺近くの丘姨石
 
F20131
☆誤伝
姨捨はこゝからいくか閑古鳥 はせを
 
      C 更埴市八幡中原                                宮下氏宅
 
C20132
芭 蕉 冢
蜻蛉やとりつき兼し草の上
  陰     くいせけ連建之
 
      @ 安政年間=安政六年(一八五九)推定
      A 平井嵐窓建立
      C 更埴市埴生新田杭瀬下                             旧招魂社
      D 蜻蛉=とんぼう
 
 
F20133
伊勢社法樂
何の木の花とも知らすにほひかな
  陰     虎十 嵐窓 文全謹建之
 
      @ 安政年間=安政六年(一八五九)推定
      A 虎十 嵐窓 文全らの建立
      C 更埴市埴生新田杭瀬下                       平井氏裏伊勢社西参道
 
F20134
刈りかけし田面の鶴や里の秋 芭蕉
 
      C 佐久市平塚                                 旧中山道沿
 
F20135
元日や田毎の日こそ戀しけれ
 
      @ 宝暦四年(一七五四)七月
      A 鶏山建立
      C 佐久市塚原赤岩                              富向山弁財天
      D 鶏山=『古飛塚』 俳諧撰集 鶏山編 宝暦四年(一七五四)七月自序 信州佐久の富向山に
        「元日に田毎の日こそ戀しけれ」の芭蕉句碑建立の折の記念集
 
F20136
月影や四門四宗もたゝ一つ
      @ 昭和十六年(一九四一)
      C 佐久市香坂                                    墓地
 
F20137
觀音の甍見やりつ花の雲
 
      C 佐久市香坂                                  閼迦流山
 
F20138
蕎麥はまた花てもてなす山路かな
 
      C 南佐久郡臼田町田口                             田口上地蔵
 
F20139
春もやゝ景色とゝのふ月と梅
 
      @ 天明年間=天明八年(一七八八)
      C 南佐久郡小海町旭町                               大宝院
 
F20140
雪ちるや穗屋の薄のかり殘し
 
      @ 寛政八年(一七九六)
      C 南佐久郡小海町大字豊里松原                 松原(猪名湖)西岸神宮寺跡
 
F20141
名月や池をめくりて夜もすから
 
      @ 文化年間=文化十四年(一八一七)
      C 南佐久郡小海町大字豊里松原                        松原湖弁天島
 
F20142
初雪や幸い庵に罷在る
 
      C 南佐久郡小海町大字千代里本間川                         堂屋敷
 
F20143
さゝれ蟹足はひ上る清水かな
 
      C 南佐久郡八千穂村大字畑上畑                      佐々木虎治氏宅門
 
F20144
むすふよりはや齒にひゝく清水かな
 
      C 南佐久郡八千穂村畑入                               路上
 
F20145
馬をさへなかむる雪のあした哉
 
      @ 天保十四年(一八四三)
      A 土地の蕉門俳人小林玉蓬らの建立
      C 北佐久郡軽井沢町旧軽井沢旧中山道                   つるや旅館の東北
 
C20146
芭 蕉 翁
婦支飛春石裳淺間能野分哉
 
      @ 寛政五年(一七九三)百回忌
      A 春秋庵社中佐久連建立
      B 春秋庵長翠筆
      C 北佐久郡軽井沢町追分                             浅間神社
      D 寛政五年八月百回忌として百韻興行している 長翠=常世田死 号椿海 下総匝瑳郡木戸村の人
        白雄門 春秋庵二世 のち武蔵本庄の小蓑庵に退き 更に諸国遊歴 文化十年(一八一三)八月十
        二日出羽の袖ヶ浦に客死
 
F20147
春もやゝ景色とゝのふ月と梅
 
      C 北佐久郡望月町春日竹之城                             路上
 
F20148
山里は萬歳おそし梅の花
 
      C 北佐久郡望月町春日三明                              路上
 
F20149
山路來て何やらゆかし菫草
 
      C 北佐久郡望月町春日岩下                              路上
 
J20150
☆誤伝
駒曳の木曾や出るらん三日の月 芭蕉
三日月となりて見らるゝはしめ哉 隣山
 
      C 北佐久郡望月町望月橋際                           豊川稲荷社
      D 芭蕉とあるが 去來の句
 
F20151
山路來て何やらゆかし菫草
 
      @ 明治三十五年(一九〇二)
      C 北佐久郡立科町茂田井                             諏訪神社
 
F20152
むすふよりはや齒にひゝく清水哉 芭蕉翁
  陰     芭蕉翁者棲隱之士也然而其名大顯于四方風詠之詞傳于世者甚夥矣所謂石温玉
        而山輝水懷珠而川媚者非邪蓋好俳諧者之於翁猶學詩者之莫不宗李杜也小諸城
        東淺間山下有寺曰眞樂寺則斯山之別當也寺門之前清泉湧出天然爲沼土人謂之
        大沼此水也甚清冷香美掬飲之則齒欲落世上清泉雖甚多無如此水之清冷也八幡
        村之長葛古好俳諧自幼遊于鴫立庵葛三門亦宗翁者也今茲天保十四年癸卯十月
        十二日丁翁一百五十周之忌辰於是建石於斯取翁咏清泉詞勒之以顯其勝泉焉而
        翁詞亦益彰此石永世無窮是葛古之志也云桃園主人與葛古相好乃應需記其事於
        陰葛古姓小林名正美字佐中小字勝右衞門號水篶家葛古其俳名也雲巣慶書
  左     癸卯夏六月霞外書
 
      @ 天保十四年(一八四三)十月十二日百五十回忌
      A 小林葛古建立
      B 霞外筆
      C 北佐久郡御代田町塩野                     真言宗智山派浅真山真楽寺
      D 葛古=通称小林四郎左衛門 号水篶家 信州小諸の庄屋 鴫立庵葛三門 明治十三年(一八八〇)        七月十五日没八十八歳
 
F20153
憂きわれをさひしからせよ閑古鳥 芭蕉翁
  左     埴科郡新田村平井氏建立
  右     一声はこたまにかへせ子規 嵐窓
 
      @ 安政年間=安政六年(一八五九)
      A 埴科郡新田村(現更埴市新田)平井氏嵐窓建立
      C 小県郡丸子町大字西内鹿教湯                           文珠堂
 
F20154
ほとゝきす聲横たふや水の上
      C 小県郡丸子町大字西内鹿教湯                           文珠堂
 
F20155
山中は菊はたをらぬ湯の匂
 
      C 小県郡丸子町大字西内鹿教湯                            路上
 
F20156
あか   と日はつれなくも秋の風
 
      @ 文化十四年(一八一七)
      A 一寸建立 補助指月
      C 小県郡東部町大字加沢                    善光寺街道摺臼宮前桜井氏宅
 
F20157
月華の是やまことのあるし達
 
      C 小県郡東部町大字禰津東町小字角屋          真言宗智山派智光山長命寺境外大日堂
 
F20158
芭 蕉 記 念 碑
 
      @ 文化九年(一八一二)
      C 小県郡東部町                                  長久寺
      D 碑陰に其声ほか十五句あり 風化して判読できず
F20159
あの雲は稻妻を待つたよりかな 芭蕉翁
                    椿海長翠筆
 
      @ 享和元年(一八〇一)
      A 寛之建立
      B 椿海長翠筆
      C 小県郡和田村下和田上組                          若宮八幡神社
      D 長翠=前出W一〇五頁参照
 
F20160
何の木の花ともしらすにほひかな
 
      C 諏訪郡下諏訪町高木                               石投場
 
F20161
しはらくハ花の上なる月夜かな はせを
                  八十一翁永機謹書
 
      @ 明治三十六年(一九〇三)四月
      A 水月会建立
      B 永機筆
      C 諏訪郡下諏訪町東町                              水月公園
      D 永機=前出U一三六頁参照
F20162
☆曾良の句
夜もすから秋風きくや裏の山 曾良
              七十五齡大夢庵千畝謹書
 
      @ 大正六年(一九一七)五月二十二日(曾良の忌日)
      A 中村其梅建立
      B 大夢庵千畝筆
      C 諏訪郡下諏訪町東町                              水月公園
 
F20163
雪ちるや穗屋のすゝきの苅り殘し
 
      @ 明治二十六年(一八九三)十月十二日
      C 諏訪郡下諏訪町落合萩倉入口                        落合観音坂口
 
F20164
雪ちるや穗屋の芒の刈殘し 蕉翁
  左     山亭一路立之補助連中
  左     天保六年乙未七月
 
      @ 天保六年(一八三五)七月
      A 山亭一路建立
      C 諏訪郡富士見町御射山神戸                          御射山神社
 
F20165
芭 蕉 翁
雪ちるや穗屋の薄の苅のこし
 
      @ 天保十四年(一八四三)
      A 山亭一路建立
      C 諏訪郡富士見町御射山神戸                            八幡社
 
F20166
御命講あふらのやふな酒五升
  陰     祝翁爲二百年忌/明治二十六年/蘿城建之
 
      @ 明治二十六年(一八九三)二百回忌
      A 小池伊兵衛蘿城建立
      C 諏訪郡富士見町下蔦木                        日蓮宗清浄山真福寺
 
F20167
☆誤伝
露落ちて松の葉かるきあしたかな
 
      C 諏訪郡富士見町下蔦木                        日蓮宗清浄山真福寺
 
F20168
☆存疑
茅ふきの隣もありて蔦紅葉 はせを
  右     こけむした石の錦かつた紅葉 蘿城
  陰     明治二十四年八月蘿城建之
 
      @ 明治二十四年(一八九一)八月
      A 小池伊兵衛蘿城建立
      C 諏訪郡富士見町下蔦木旧街道入口          日蓮宗清浄山真福寺支院敬冠院跡公民館
 
F20169
川上と此川下や月の友 祖翁
  碑面下部  明治十六年十一月十二日
        十二名の句あり(略)
 
      @ 明治十六年(一八八三)十一月十二日
      B 窪田平之進正房雪洲筆
      C 諏訪郡富士見町下蔦木                              子の神
 
F20170
ひと聲やこの道返る秋の暮 はせを
 
      @ 大正七年(一九一八)頃
      C 諏訪郡富士見町若宮                    伏屋長者跡(御所島・五輪様)
 
F20171
眼にかゝるときや殊再五月不二 はせを
 
      @ 明治十四年(一八八一)九月
      A 鶴鳴会建立
      C 諏訪郡富士見町原ノ茶屋                           富士見公園
 
F20172
原中やものにもつかす啼雲雀 はせを
 
      C 諏訪郡富士見町原ノ茶屋                          金刀比羅神社
 
F20173
ひと尾根は時雨るゝ雲か富士の雪 芭蕉翁
                        東洞敬書
 
      B 東洞筆
      C 諏訪郡富士見町立沢                              立沢公園
 
F20174
雲おり   人をやすめる月見かな
      天保壬寅九月
 
      @ 天保十三年(一八四二)九月
      C 諏訪郡富士見町乙事中辻                          三井勝貞氏宅
 
 
 
F20175
翁碑
一里は皆花守の子孫哉
              雲人謹書
  碑面中下部 原俳壇五十八名の句あり(略)
 
      @ 昭和二年(一九二七)五月
      A 原俳壇建立
      B 雲人筆
      C 諏訪郡原村大久保                        山崎公園(金子氏所有)
 
F20176
有難やいたゝいて踏む橋の霜
 
      C 上伊那郡高遠町多町                              天女橋畔
 
F20177
☆行方不明
歩行ならは杖つき坂を落馬かな
 
      C 上伊那郡高遠町大字藤沢片倉                           杖突峠
      D 同地守屋琢治氏の所有地にあったが 昭和初年(一九二七)石屋に手ばなす
 
 
 
F20178
☆消滅
みちのへの木槿は馬にくはれけり
 
      C 上伊那郡高遠町片羽                              相頓寺跡
 
F20179
みちのへの木槿は馬にくはれけり はせを翁
  陰     先達嘗弔蕉翁林/向精舎建木槿塚/歳積碑重石 字/
        蝕不可復覩今茲/當翁百五十年遠/忌是以謀之吐雪/
        蛙鳴戮力社中之/士再興此碑以弔/祖翁且欲不虚先/
        達之氏云爾
         天保癸卯孟春
            雄飛堂識
 
      @ 天保十四年(一八四三)一月百五十回忌再建
      B 高遠藩士安田雄飛堂筆
      C 上伊那郡高遠町片羽                              相頓寺跡
 
F20180
松風の落葉か水の音凉し 翁
  陰     拙庵居士以下(略)明治二十二年五月一日
 
      @ 明治二十二年(一八八九)五月一日
      A 拙庵居士建立
      C 上伊那郡高遠町上山田                            引持公民館
 
F20181
世を旅に代かく小田の行戻り はせを
  陰     壽林館眉明ら十六名の俳名(略)
 
      C 上伊那郡辰野町大字辰野                            辰野公園
 
F20182
長き日を囀りたらぬひはりかな はせを翁
  陰     爲祖翁百五十遠忌追福/井青素嵐社中建之
 
      @ 天保十四年(一八四三)百五十回忌
      A 井青素嵐社中建立
      C 上伊那郡辰野町上野                               県道脇
 
F20183
湯をむすふ誓ひも同じ石清水 はせを
  陰     弘化四丁未以下(略)
 
      @ 弘化四年(一八四七)
      C 上伊那郡辰野町今村                               今村口
 
F20184
結ふよりはや齒にひゝく清水かな
      @ 明治三十五年(一九〇二)
      C 上伊那郡辰野町北大出                             林氏宅前
 
F20185
くたふれて宿刈る頃や藤の花
 
      C 上伊那郡箕輪町大字中箕輪上古田                          路上
 
F20186
このあたり目に見ゆるもの皆凉し はせを翁
 
      C 上伊那郡箕輪町大字中箕輪上古田                        南林公園
 
F20187
さゝれ蟹あしはひ上る清水かな 芭蕉翁
  陰     醉々他六名の俳人(略)
 
      @ 享和二年(一八〇二)
      A 正阿らの建立
      C 上伊那郡箕輪町大字中箕輪木下                          清水里
 
F20188
川上とこの川下や月の友 はせを翁
 
      C 上伊那郡飯島町田切追引                        国道大カーブの頭
F20189
人々をしくれよ宿は寒くとも 翁
 
      C 上伊那郡飯島町田切                               円通庵
 
F20190
雲とへたつ友かや雁の生き別れ 芭蕉
 
      C 上伊那郡飯島町七久保荒田                          吉沢家墓地
 
C20191
芭 蕉 翁
花の蔭謠に似たる旅寢かな
  元祿七年十月十二日
  陰     尾州隱士也有七十三齡書之/當國三狂庵門人箕輪連中建之
 
      @ 安永三年(一七七四)
      A 三狂庵門人箕輪連中 飯田藩士窪田桐羽建立
      B 也有筆
      C 上伊那郡南箕輪村北殿                              明和坂
      D 也有=横井氏 通称孫右衛門時般 初号素分・野叉・野有 号永言斎・知雨亭 歌名暮水 漢詩名
        蘿隱 狂歌名螻丸 尾張藩士横井時衡の嫡子 享和二十年(一七三五)二十六歳で家督を継ぎ千石
        を食む 御用人・大番頭・寺社奉行などを勤めた 五十三歳の宝暦四年(一七五四)致仕 以後三
        十年知雨亭に隱棲した 俳諧は支考に私淑し 門下の巴雀・巴静に師事 天明三年(一七八三)六
        月十六日没八十二歳
F20192
兎も角もならてや雪の枯尾花 芭蕉翁
  陰     文化六己巳歳卯月發起里朝他二名三曉社中
 
      @ 文化六年(一八〇九)四月
      A 三曉社中建立
      C 上伊那郡南箕輪村田畑                               路上
 
F20193
蝶のとふはかり野中の日影かな 芭蕉翁
  陰     信州伊奈郡田島芭蕉翁句碑陰記(略)
        維時元治紀元歳次甲子冬十月
        江都大沼厚枕山撰併書
 
      @ 元治元年(一八六四)十月
      B 江都大沼厚枕山筆
      C 上伊那郡中川村片桐古瀬                            村上神社
 
C20194
芭 蕉 翁
名月に麓の霧か田の曇り
   陰    鳴露拜書 士朗・介亭の句あり(略)
        爲祖父露竹建天保三辰年秋九月
 
      @ 天保三年(一八三二)九月
      A 露竹建立
      B 鳴露筆
      C 上伊那郡中川村片桐小平                             林氏宅
 
F20195
しはらくは花のうへなる月夜かな
 
      @ 昭和八年(一九三三)
      C 上伊那郡中川村片桐小平                            大島氏宅
 
F20196
春なれや名もなき山の薄霞 はせを
  陰     時于慶應元年乙丑霜降月(以下略)
 
      @ 慶応元年(一八六五)
      C 上伊那郡中川村大草                                路上
 
F20197
初櫻折しも今日はよき日なり はせを
 
      C 上伊那郡中川村横前                               お寺山
 
F20198
年々やさくらをこやす花の塵 はせを翁
  陰     天保十四卯年十月十二日爲翁百五十年忌追福造營焉
      @ 天保十四年(一八四三)十月十二日百五十回忌
      C 上伊那郡宮田村                                津島神社
 
F20199
山さくら瓦ふくもの先ふたつ 芭蕉翁
  陰     安永三年甲午初冬十二日櫻下亭粗州建之
          雲てなし使は來たり山櫻 半掃庵
          嗚呼櫻雲踏の音の山路哉 一筆坊
 
      @ 安永三年(一七七四)十月十二日
      A 櫻下亭粗州建立
      B 半掃庵横井也有筆
      C 下伊那郡松川町生田福与福沢                           円満坊
      D 也有=前出W一二二頁参照
 
F20200
ほとゝきす聲横たふや水の上 翁
                八世其角堂機一拜書
  陰     明治三十九年四月建立知ひさし知松他八名(略)
 
      @ 明治三十九年(一九〇六)四月
      B 八世其角堂機一筆
      C 下伊那郡松川町古町                             台城本丸跡
 
F20201
けふはかり人も年寄れ初時雨 芭蕉翁
  陰     月花に命大事や二日灸 熊谷蛙水
 
      @ 明治初年=明治二年(一八六九)
      C 下伊那郡高森町山吹新田                             光明寺
 
C20202
芭 蕉 翁
雪ちるや穗屋の薄の苅殘し
 
      @ 安永三年(一七七四)推定
      A 飯田藩士窪田桐羽建立
      C 下伊那郡阿智村駒場                               長岳寺
 
F20203
卯の花や暗き柳の及ひ腰 はせを
  陰     明治二十五年仲秋建設會地關記念之碑
 
      @ 明治二十五年(一八九二)八月
      C 下伊那郡阿智村駒場                               浄久寺
 
F20204
名月や池をめくりて夜もすから はせを
  陰     九九齡山田久内翁祝賀記念明治三十年九月九日建設有志中
      @ 明治三十年(一八九七)九月九日
      C 下伊那郡阿智村駒場大六                           山田家墓地
 
F20205
  めにはさやかにといひけむ秋立けしき薄かる
  かやの葉末にうこきて聊昨日に替る空のなかめ
  哀れなりけれは
あか   と日は難面くも秋の風
 
      @ 昭和五十八年(一九八三)
      B 真蹟懐紙写真拡大
      C 下伊那郡阿智村伍和大鹿                             百花園
 
F20206
この道やゆく人なしに秋の暮
 
      @ 天保十二年(一八四一)
      C 下伊那郡阿智村園原                               月見堂
 
F20207
しはらくは花の上なる月夜かな 芭蕉翁
  陰     右高吟を和す 暫くはおきたし雲や花の上 圭齋
        明治十九年戌九月
 
      @ 明治十九年(一八八六)九月
      C 下伊那郡下条村陽皐入野                           入登山神社
 
F20208
身にしみて大根からし秋の風 はせを
  陰     明治二十六年五月二百年忌記念
 
      @ 明治二十六年(一八九三)五月
      C 下伊那郡下条村親田                               太子堂
 
F20209
草いろ   各々花の手柄かな 芭蕉翁
  陰     文政乙酉首夏泉柳舎里風建之焉
 
      @ 文政八年(一八二五)四月
      C 下伊那郡豊丘村林                               熊野神社
 
F20210
さゝれ蟹あし這のほる清水かな はせを
 
      @ 明治二十年(一八八七)頃
      A 古畑貫一建立
      B 古畑貫一筆
      C 木曾郡木曾福島町                              木曾郷土館
      D もと中畑の入屋渡の清水の古畑貫一氏宅にあったもの
 
F20211
思ひ立つ木曾や四月のさくら狩 はせを
  左     明治十九年丙戌四月建立
  陰     麻衣社中
 
      @ 明治十九年(一八八六)四月
      A 麻衣社中建立
      C 木曾郡木曾福島町新開                        木曾警察署前国道端
 
C20212
芭 蕉 翁
かけはしや命をからむ蔦かつら
  陰     寶暦辛巳年咄々房建之 巴笑加之
 
      @ 明和三年(一七六六)九月十一日
      A 巴笑建立
      C 木曾郡木曾福島町中畑                             津島神社
      D 咄々房委遁が木曾滞在中の宝暦十一年(一七六一)に棧に木碑を建立した その後江戸で病没した
        五年後に木曾福島の巴笑が委遁の遺志をくんで石碑を建立した その後溪間に埋没したので山村良
        喬公が新碑を文政十二年(一八二九)に再建した しかし程なくこの碑を発見したが 既に新碑が
        あるので やむえず自邸に移した 明治十五年(一八八二)に現在地に移す
 
C20213
芭 蕉 翁
かけはしや命をからむ蔦かつら
      @ 昭和十年(一九三五)頃
      A 上松町の有志建立
      B 前記津島神社の碑の拓本により刻む
      C 木曾郡上松町棧                                木曾の棧
 
F20214
棧や命をからむ蔦かつら 芭蕉
  陰     かけまくもあやに賢き我正門の祖神はせを翁
        元祿の頃名府に遊暦の折から更級の里姥捨山の
        月見んこと頻りに進る秋風の心に吹さハくまゝに
        馬の餞して名にたつ木曾の棧を過りつたかつらの
        遺詠ありしを古しへ人石にゑりて建しとなむ
        しかハあれと霜降嵐吹かはるまにまに山崩れ
        道改り碑ハ埋れて苔にかくれ今ハそれとたに
        往來ふ人の知りかたけれは道統八世以雪庵の門流
        福關の尹白鶴樓風兆君こたひおこそかなる發句
        塚を再興ましまし廣く世の人に風姿を示し
        先にも鳥居峠に月雪花の標石を居て風
        情をいさない給ふこそ實にも俳諧興隆の
        おもし人なるへけれ誰か其玄空をあふか
        さらむや此旨趣を予に誌してよといとまめやかに
        もとめ給ふにそいなみの海のいなみかたく
        拙なき筆を把り侍りぬ    美濃友左坊
         文政十二己丑年秋八月應需東都三清堂書乃
 
      @ 文政十二年(一八二九)八月
      A 白鶴樓風兆建立
      B 碑陰 美濃友左坊撰文 東都三清堂筆
      C 木曾郡上松町棧                                木曾の棧
      D 風兆=福島関の長山村良喬 以雪庵門
 
C20215
芭 蕉 翁
ひる顏に晝寢せふもの床の山
  陰     明和七年庚寅八月吉辰羽前新庄金山連中
 
      @ 明和七年(一七七〇)八月
      A 北条亞人 西田李英 羽前新庄金山連中建立
      C 木曾郡上松町寝覚の床                    臨済宗妙心寺派寝覚山臨川寺
 
L20216
山はしつかにして性を
やしなひ水は動いて
情をなくさむ
  洒落堂の記より
     藤村
 
      @ 昭和三十年(一九五五)十一月三日
      A 昭和29年度卒業生父母一同建立
      B 藤村筆
      C 木曾郡上松町上松本町通り                       上松小学校玄関前
      D 芭蕉俳文『洒落堂記』の冒頭なり 本文に異同あり 「山は静にして性をやしなひ 水はうごひて
        情を慰す」 上松小学校創立八十周年記念
 
F20217
塚も動けわか泣く聲は秋の風 はせを
  陰     この地をひらかんとて土にうも/れた梅内初次郎氏の記念に
 
      @ 昭和二十三年(一九四八)
      A 草会建立
      B 岡麓筆
      C 木曾郡上松町上松本町通り             上松小学校裏教員住宅入口(養正寮跡)
 
B20218
芭 蕉 翁
  右     送られつをくりつはてははては木曾の秋
 
      @ 宝暦十一年(一七六一)
      A 山村家八代山村甚兵衛良啓建立
      C 木曾郡楢川村平沢                              楢川役場前
      D @とA ともに近年の追刻
 
C20219
は せ を 翁
雲雀よりうへにやすらふ嶺かな
      @ 享和元年(一八〇一)
      A 中村伯先の肝入りで藪原の俳人ふとね建立
      C 木祖郡楢川・木祖両村界藪原                       鳥居峠丸山公園
 
F20220
木曾の栃うき世の人の土産かな はせを
              前福島關尹應需風兆隱人書
  陰     前にものしたるとちの句文字たがへりとて(以下略) 天保十三年寅八月
 
      @ 天保十三年(一八四二)八月
      A 法眼獲物の門人天野屋文吉桃暁建立
      B 山村良喬風兆筆
      C 木祖郡楢川・木祖両村界藪原                       鳥居峠丸山公園
 
F20221
☆誤伝
杜かけにわれらもきくや郭公 はせを
                祠官奧谷周防守謹誌
  陰     發起人降畑武 小林銀四郎 岩原佐兵衛
                戊申年十一月吉日
 
      @ 明治四十一年(一九〇八)十一月
      A 降畑武 小林銀四郎 岩原佐兵衛らの建立
      B 奧谷周防守筆
      C 木曾郡木祖村藪原                               藪原神社
F20222
送られつ送りつ果は木曾の蠅 芭蕉翁
  陰     天保十三壬寅年水無月吉日建之裏梅園古狂
 
      @ 天保十三年(一八四二)六月
      A 裏梅園古狂建立
      C 木曾郡山口村荒町新茶屋                            一里塚跡
      D 天保十四年(一八四三)四月十一日大脇兵右衛門信親子狂の子大脇兵右衛門信興が翁塚供養を執行
        し 翁塚開眼供養句集を刊行した それによると
        蠅塚や木曾をわすれぬ枝折にも 霧外坊
        蠅送り蠅送り守らん恩の塚  虎雄
        とあるので「龝」ではなく「蠅」である とする北小路健氏の説による
 
F20223
さゝれ蟹あしはへのほる清水哉 芭蕉翁
  陰     澤仙寂八十八歳□寛政十戊午四月法印□□□
 
      @ 寛政十年(一七九八)四月
      C 東筑摩郡明科町中手川大足清水                 高野山真言宗清水山光久寺
 
C20224
桃 青 靈 神
梅か香にのつと旭の出る山路哉
  左     錦照菴
  右     嘉永二己酉年三月吉日催主八名(略)
      @ 嘉永二年(一八四九)三月
      A 錦照菴建立
      C 東筑摩郡明科町東川手上生野                           八幡宮
 
F20225
身にしみて大根からし秋の風 はせを
                    梅室拜書
  陰     嘉永二己酉年九月
 
      @ 嘉永二年(一八四九)九月
      A 長越の松翁亭中村一翠建立
      B 梅室筆
      C 東筑摩郡四賀村会田岩井堂                    曹洞宗大恵山無量寺大門
      D 梅室=前出T一四八頁参照
 
F20226
蕎麥はまた花てもてなす山路哉
 
      C 東筑摩郡四賀村                                 二子山
 
B20227
芭 蕉 翁
  陰     さゝれ蟹足はひ上る清水かな はせを
  左     信陽麻績驛臼井鳥峨飯沼可吟臼井曉平
  右     寛政三年秋八月
      @ 寛政三年(一七九一)八月
      A 臼井鳥峨 飯沼可吟 臼井曉平らの建立
      B 常世田長翠筆
      C 東筑摩郡麻績村猿ヶ馬場峠                 弘法清水の跡(お仙の茶屋跡)
 
F20228
        芭蕉更科紀行より
身にしみて大根からし秋の風
ひよろひよろとなほ露けしやをみなへし
  陰     井本農一撰文
 
      @ 昭和三十六年(一九六一)
      C 東筑摩郡麻績村中町                    花屋平右衛門跡臼井畏三氏宅前
 
F20229
道はたの木槿は馬にくはれけり はせを
                第十一世花本聽秋謹書
  陰     世話人平林柳月他松本町山形村の俳人多数(略)
        明治三十年丁酉五月建立
 
      @ 明治三十年(一八九七)五月
      B 花本聽秋筆
      C 東筑摩郡山形村小坂                              六部塚辻
      D 聽秋=前出T七五頁参照
 
B20230
桃 青 靈 神
  左     雪散るや穗屋の芒の刈殘し
  右     穗薄に高く葺けるや大宮居 臥明樓弘龍
 
      @ 文政六年(一八二三)
      A 臥明樓弘龍建立
      C 南安曇郡穂高町穂高本郷                            穂高神社
 
F20231
木かくれて茶摘も聞くや杜宇 はせを
  右     明治二十二年四月芭蕉翁二百年回
  陰     發企人三十名の名(略)
 
      @ 明治二十二年(一八八九)四月二百回忌
      B 月之本素水筆
      C 南安曇郡穂高町穂高本郷                            穂高神社
 
F20232
☆消滅
聲よくはうたはむものを櫻ちる
 
      C 南安曇郡穂高町宮城                    新義真言宗五龍山正福寺不動堂
      D 木碑
 
F20233
聲よくはうたはむものを櫻ちる 芭蕉翁
  陰     昭和二十二年四月再建犀水拜書
 
      @ 昭和二十二年(一九四七)四月
      A 加藤犀水建立
      B 加藤犀水筆
      C 南安曇郡穂高町宮城                    新義真言宗五龍山正福寺不動堂
 
F20234
父母のしきりに戀しきしの聲 はせを
  陰     當山十九世英山代施主岩原村山□□□松崎村高橋□□
 
      @ 寛政年間=寛政十二年(一八〇〇)
      C 南安曇郡穂高町西穂高牧                真言宗豊山派栗尾山満願寺賽の河原
      D 碑の上部が割れ 碑面一部剥落
 
 
F20235
古池や蛙飛ひこむ水の音 はせを
              月之本素水謹書
  碑面下部  穗刈雨柳他九名の名あり(略)明治二十四年
  陰     御種池巖組戊申同年輩建之
 
      @ 明治二十四年(一八九一)
      A 御種池巖組戊申同年輩建立
      B 月之本素水筆
      C 南安曇郡三郷村二木                              三柱神社
 
F20236
雪散るや穗家のすゝきの苅殘し はせを
                    八十翁永機書
  陰     明治三十五年紅葉連俳人名五十余(略)
 
      @ 明治三十五年(一九〇二)
      B 老鼠堂永機筆
      C 南安曇郡堀金村田尻                              諏訪神社
      D 永機=前出U一三六頁参照
 
C20237
蕉   翁
十六夜はわつかにやみのはしめかな
      催主一樂庵秋月
  陰     明治三十五年壬寅八月建立
 
      @ 明治三十五年(一九〇二)八月
      A 一樂庵秋月建立
      C 北安曇郡美麻村千見                                路上
 
C20238
芭 蕉 塔
いさゝらは雪見にころふ所まて
 
      C 北安曇郡白馬村北条新田                             稲荷社
 
B20239
芭 蕉 翁
  左     いさよひもまた更科の郡かな
  陰     安永三年孟夏/半化居士門人等謹建之
 
      @ 安永三年(一七七四)四月
      A 加州高桑蘭更半化坊門連中建立
      C 埴科郡坂城町苅屋原                                榎坂
      D もと横吹にあったもの 蘭更=前出U八二頁参照
 
A20240
☆消滅
芭 蕉 翁
      C 埴科郡坂城町大字村上綱掛                   十六夜観音堂(諏訪神社)
 
C20241
桃 青 靈 神
いさよひもまた更級の郡かな
  左     文政己丑再建
 
      @ 文政十二年(一八二九)再建
      C 埴科郡坂城町大字村上綱掛                   十六夜観音堂(諏訪神社)
 
I20242
    いさり不便や姨捨の月 芭蕉翁
散る花に垣根をうかつ鼠宿  嵐雪
 
      @ 明治二十三年(一八九〇)
      B 五世春秋庵有柳八十二歳筆
      C 埴科郡坂城町南条鼠                            会地早雄神社
      D 不便=ふびん
 
F20243
しはらくは花のうへなる月夜かな
 
      @ 大正八年(一九一九)
      C 上高井郡布施町雁田                         曹洞宗梅洞山岩松院
 
F20244
古池や蛙飛ひ込む水の音
 
      @ 大正十年(一九二一)
      C 上高井郡高山村奥山田字牛窪 山田温泉不動明王像(温泉入口の高井橋手前五百米右側の沢口の
                                              落ちる所)
 
C20245
山路來而所何幽玄菫艸
      狂雅堂
  陰     耶磨道來弖難仁也良/喩可斯壽美例倶散 芭蕉翁
 
      C 上高井郡高山村紫                             久保田家墓地
 
F20246
行く春や鳥啼き魚の目は泪
 
      @ 明治二十六年(一八九三)
      C 上高井郡木島平村大字上木島字大町                        地獄谷
 
F20247
梅か香にやつと日の出る山路かな
 
      @ 慶応三年(一八六七)
      C 上高井郡野沢温泉村大字豊郷                          湯沢神社
 
F20248
あか   と日はつれなくも秋の風
 
      @ 文化八年(一八一一)
      C 上水内郡豊野町大字浅野                             宝蔵院
 
F20249
古池や蛙飛ひこむ水の音
      @ 文政三年(一八二〇)
      C 上水内郡豊野町大字南郷                             大日堂
 
F20250
梅か香にのつと日の出る山路かな
  陰     痩垣も見所有もの歸はな 魯堂
        むさ行せよ迚扇貰けり 關之
 
      @ 文政六年(一八二三)
      C 上水内郡信濃町大字野尻上町                      北国街道端佛心庵
 
F20251
松杉をほめてや風のかほる音
 
      C 上水内郡戸隠村尾上                              一里松下
F20252
蜀魂聲横たふや水の上
 
      C 上水内郡戸隠村志垣                              柵橋の北
      D 蜀魂=ほとゝぎす
 
F20253
梅の香にのつと日の出る山路かな
 
      @ 文政十二年(一八二九)
      C 上水内郡中条村土尻                                路上
 
F20254
あか   と日はつれなくも秋の風
 
      @ 明治十八年(一八八五)
      C 上水内郡中条村百瀬峯                               路上
 
F20255
梅か香にのつと日の出る山路かな
 
      @ 明治三十三年(一九〇〇)
      C 上水内郡中条村                                大塩神社
 
 
F20256
川上とこの川下や月の友
 
      C 下水内郡豊田村大字豊津豊井                         八王子神社
 
 
 
      小川康路氏作成の『信濃芭蕉句碑拓本展』資料により訂正加筆する
 
            平成五年九月一日                    田 中 昭 三